論文が引用されるとき、その論文は何歳になっているのでしょうか。引用は 2 本の論文をつなぐ線であり、その両端にはそれぞれ刊行年が付いています。一方から他方を引けば、引用された瞬間にその論文が何歳だったかが分かります。
Litlasのコーパスで、引用する側と引用される側の両方が手元にある 413,582,341 件の引用について、この計算を行いました。答えは分野によって 2.7 倍違います。芸術・人文学の論文は刊行から 13.3 年、数学は 12.5 年たってから引かれます。いっぽう、エネルギーは 5.0 年、工学は 5.8 年、計算機科学は 5.9 年で引かれます。26 分野の一覧を先にご紹介します。そのあとで、この差がどこから来ているのかを順に見ていきます。
分野によって、論文が引用されるまでの年数は 2.7 倍違います
引用 1 件ごとに、引用する側の刊行年から引用される側の刊行年を引きます。この差を引用の年齢と呼びます。引用を、引用された側の論文の分野でまとめて中央値を取ると、その分野の被引用半減期(cited half-life)になります。計量書誌学(引用や刊行のデータを数えて文献を分析する分野)で使われている統計量です。ClarivateはこれをJournal Citation Reportsのために雑誌ごとに算出しており、同社の定義は「その年に雑誌が受けた引用の年齢の中央値」です。私たちは同じ統計量を、雑誌ごとではなく分野ごとに、また 1 年分ではなく全期間をまとめて計算しました。
| 分野 | 中央値 | 中央の半分 | 集計した引用 |
|---|---|---|---|
| エネルギー | 5.0 | 2.7〜9.0 | 1,223,442 |
| 工学 | 5.8 | 3.0〜11.3 | 33,493,894 |
| 計算機科学 | 5.9 | 3.0〜11.1 | 81,232,919 |
| 材料科学 | 6.2 | 3.3〜11.4 | 6,183,745 |
| 免疫学・微生物学 | 6.2 | 3.2〜11.5 | 11,021,388 |
| 医学 | 6.4 | 3.2〜12.0 | 99,042,289 |
| 生化学・遺伝学・分子生物学 | 6.4 | 3.3〜11.9 | 66,835,145 |
| 薬理学・毒性学 | 6.4 | 3.3〜12.3 | 2,032,180 |
| 歯学 | 7.0 | 3.5〜13.4 | 1,583,220 |
| 看護学 | 7.1 | 3.6〜13.3 | 2,990,452 |
| 環境科学 | 7.1 | 3.6〜13.3 | 8,694,202 |
| 保健医療専門職 | 7.2 | 3.6〜13.3 | 4,946,999 |
| 農学・生物学 | 7.4 | 3.7〜13.9 | 10,723,207 |
| 化学工学 | 7.6 | 3.4〜17.5 | 437,045 |
| 神経科学 | 7.6 | 3.9〜13.7 | 22,636,835 |
| 社会科学 | 7.9 | 3.9〜15.0 | 10,631,153 |
| 化学 | 8.0 | 3.8〜15.9 | 4,464,569 |
| 経営学 | 8.5 | 4.3〜15.1 | 5,394,112 |
| 獣医学 | 8.6 | 4.1〜15.8 | 305,977 |
| 物理学・天文学 | 8.7 | 4.0〜17.5 | 7,534,212 |
| 意思決定科学 | 8.9 | 4.3〜16.7 | 6,441,633 |
| 心理学 | 8.9 | 4.3〜16.5 | 11,391,772 |
| 地球惑星科学 | 9.3 | 4.5〜17.2 | 3,410,810 |
| 経済学・金融 | 10.1 | 4.6〜19.6 | 3,032,591 |
| 数学 | 12.5 | 5.4〜24.2 | 6,168,418 |
| 芸術・人文学 | 13.3 | 6.0〜25.1 | 1,730,132 |
「中央の半分」は 25 パーセンタイルから 75 パーセンタイルまでの範囲です。パーセンタイルは論文単位ではなく引用単位で取っているので、被引用数 500 の論文は 500 件ぶんの観測として数えられます。数学の行は次のように読みます。数学の論文が受けた引用の半分は、刊行から 12.5 年以上たってからのものです。そのうち 4 分の 1 は、24.2 年以上たってからのものです。
速い側の端が 5.0 年、遅い側の端が 13.3 年で、開きは 2.7 倍です。また、JCRが公表する被引用半減期の上限は 10 年で、それを超える値は「>10」と表示されます。ここに並んだ 26 分野のうち、経済学・金融、数学、芸術・人文学の 3 つがその上限を超えています。
この年数は、先行研究を何年前まで遡って集めるかの目安にもなります。数学や芸術・人文学であれば刊行から 10 年以上たった論文がいまも引かれているので、直近の数年だけを見ると土台になった研究を落とします。遡る範囲を決めたあと、何本まで広げてどこで絞り込むかの手順は、卒論の先行研究の探し方にご紹介しています。
この差は、コーパスの作り方では説明できません
分野の差には別の説明が付くかもしれません。Litlasは世の中のすべての論文を取り込んでいるわけではなく、計算機科学と生物医学系の分野は被引用 10 件から、それ以外の分野は被引用 200 件からコーパスに入ります。どちらのしきい値もデータソースのページに掲載しています。多くの分野が被引用 200 件を超えて初めて入るのであれば、その分野を代表しているのはよく引用された論文だけです。そして、よく引用された論文は長く引かれ続けます。この筋書きが正しければ、分野の差は分野そのものの性質ではなく、コーパスの作り方が生んだ人工物ということになります。
しかし、この説明は表を見るだけで否定できます。最も速いエネルギーの 5.0 年、2 番目に速い工学の 5.8 年、そして材料科学の 6.2 年は、いずれも被引用 200 件のしきい値の側に在ります。数学の 12.5 年と芸術・人文学の 13.3 年も同じ側です。しきい値が長い引用年齢を作り出しているのなら、そのしきい値の側に在る分野すべてで長くなるはずです。
対照群も直接作りました。すべての分野を同じ被引用 200 件の水準にそろえて表全体を計算し直し、計算機科学と医学にも他分野と同じ条件を課しました。中央値の動きは上下いずれも最大で 2 年にとどまり、最も速い分野と最も遅い分野の距離は縮みませんでした。少なくとも、収録のしきい値がこの差を作り出しているのではありません。
分野の順序は小さい標本でも再現しますが、年数は再現しません
同じ計算を約 4,100 本の標本で行うと、年数はまったく合いません。
| 分野 | 標本 4,100 本 | 全量 | 過大の倍率 |
|---|---|---|---|
| 計算機科学 | 9 | 5.9 | 1.5 倍 |
| 医学 | 11 | 6.4 | 1.7 倍 |
| 生化学・遺伝学・分子生物学 | 12 | 6.4 | 1.9 倍 |
| 材料科学 | 15 | 6.2 | 2.4 倍 |
| 物理学・天文学 | 23 | 8.7 | 2.6 倍 |
| 数学 | 25 | 12.5 | 2.0 倍 |
| 心理学 | 25 | 8.9 | 2.8 倍 |
| 工学 | 27 | 5.8 | 4.7 倍 |
| 芸術・人文学 | 32 | 13.3 | 2.4 倍 |
どの分野も実際より長く出ており、倍率の中央値は 2.4 倍、最大は 4.7 倍でした。数千本の標本では、この年数を推定できません。中央値を決めているのは古い引用の長い裾であり、この規模の標本には、その裾を置くだけの件数が入っていないからです。
いっぽう、分野の順序はおおむね残ります。9 分野から 2 つずつ取り出すと 36 通りの組み合わせになり、標本と全量のあいだで、順序が保たれたものが 26 通り、逆転したものが 9 通り、同順だったものが 1 通りでした。ケンドールの順位相関係数(2 つの順位がどれだけ一致しているかを−1から+1までの値で表す指標)のタウbは+0.48です。逆転した 9 通りのうち 7 通りは、工学 1 分野が絡んでいます。標本は工学を 27 年として遅い側に置きましたが、全量では 5.8 年で、速いほうから 2 番目に入りました。工学を除くと、残り 28 通りのうち逆転は 2 通りだけです(タウbは+0.84)。その 2 通りは、医学と生化学の 6.4 年に対する材料科学の 6.2 年で、差は 0.2 年しかありません。これより離れている組み合わせは、すべて順序を保ちました。
つまり、自分の手元にある小さな標本で確かめ直せるのは、年数ではなく順序のほうです。
この表が測っている範囲
両端がコーパスに入っている引用だけを数えています。コーパスの各論文には、その論文が受けた被引用数の合計が記録されており、全体で足すと 1,516,896,516 件です。一方、引用する側と引用される側の両方がコーパスに入っている引用は 413,996,658 件で、両端が見えている割合は 27.3%になります。残りの 72.7%はコーパスに無い論文を指しており、その相手側には刊行年も分野も無いので、計算に入れられません。入れられたとしたら結果がどちらへ動くのかも、私たちには言えません。見えている部分が内部で矛盾していないことは、2 つの照合で確かめました。各論文が持つ年別の被引用の記録を全体で足すと 413,952,032 件で、引用リンクの本数との差は 0.011%です(差の正体は刊行年を持たない論文からの引用です)。年別の記録を持つ 14,083,496 本のうち、記録の合計がその論文を指すリンクの本数と一致したものは 99.73%でした。
引用先にできる古い論文が少ないコーパスです。1990 年より前に刊行された論文はコーパスの 6.33%しかなく、2015 年以降のものが 53.71%を占めます。引用が計算に入るのは両端がコーパスに在るときだけなので、遡れる過去の長さは構造的に短くなります。上の表は、このコーパスについての測定値です。文献全体の真の半減期の推定値ではありません。
1 本の論文が持つ分野は 1 つで、表に入るのは引用された側の分野です。医学の論文が物理学の論文を引用した場合、その引用は物理学の行に 1 件だけ入ります。したがって学際的な研究は 1 つの見出しの下に置かれ、独立した区分としては現れません。さらに、分野をまったく持たない論文がコーパスの 9.87%にあたる 1,913,334 本あり、その論文が受けた引用は表に入っていません。
同じ計算をやり直す手順
上の表は、2026-08-22 時点のコーパスを 1 回走査して得た値です。結果は 1 種類の集計だけに依っているので、その集計を正確に書いておきます。
- 引用の年齢は、引用する側の刊行年から引用される側の刊行年を引いた値です。
- 両端がコーパスに在る引用すべてについて、(引用された側の分野、年齢)の組ごとに 1 つずつ数えます。合計 413,582,341 件で、両端が見えている引用の 99.90%にあたります。残りが落ちた理由は、引用された側の論文が刊行年か分野を持っていないことです。
- パーセンタイルは論文単位ではなく引用単位で取ります。被引用数 500 の論文は、その分野の行へ 500 件ぶんの観測を出します。
- 年齢がkの引用は、kからk+1までの 12 か月のどこかに在るものとして扱い、パーセンタイルは境目をまたぐ区間の内側で線形に補間します。JCRが被引用半減期を算出する方法と同じで、表の値が整数ではなく小数第 1 位まで在るのはこのためです。補間せずに、累積が半分を超えた最初の整数年を取ると、表の両端は 5.0 年と 13.3 年ではなく 4 年と 13 年になります。片方の端を一方の規約で、もう片方の端をもう一方の規約で引くと、誰も再現できない範囲ができあがります。
- 年齢が負になる引用(引用する側の刊行年が、引用される側より前になっているもの)も落とさずに数え、負でないすべての年齢より下に置きます。表全体の 0.88%にあたります。プレプリントや版を持つレコードを含むコーパスでは通常起こることです。
- 重み付け、年ごとの正規化、集計年の打ち切りはいずれも行いません。コーパスに在るすべての引用年を 1 つの表にまとめます。
分母になる 2 つの数、すなわち論文 19,379,997 本と引用リンク 413,996,658 件はデータソースのページに掲載しています。どちらも同じビルドの成果物から読み取ったので、2 つの別々のコーパスの数字が混ざることはありません。
年齢が負の引用を落とすかどうかは、この手順のなかで判断が分かれうる唯一の箇所です。落として計算し直すと、芸術・人文学は 13.3 年から 14.0 年へ、数学は 12.5 年から 12.9 年へ、経済学・金融は 10.1 年から 10.5 年へ動きます。速い側は、小数第 1 位で見るかぎり動きません。負の年齢が分野に均等に散らばっていないためで、表全体では 0.88%ですが、芸術・人文学の論文が受けた引用では 4.30%に達します。これは全分野で最も高い比率です。つまり、落とすと最も遅い分野が最も得をします。上の表がこの分を残しているのは、そのためです。なお、順序はほとんど動きません。 2 つの規則で 26 分野を 2 つずつ比べると 325 通りになりますが、そのうち 321 通りで順序が保たれ、逆転は 4 通りだけです。
Litlasで引用グラフをたどる
Litlasでは、16 の学術ソースを 1 回の検索で横断できます。任意の論文について引用グラフを開き、その論文が土台にした研究へ後ろ向きに、その後どうなったかへ前向きにたどれます。残すと決めた論文は、自分のメモを付けたままライブラリへ保存できます。書き始めるときには、その引用をBibTeXやRISで書き出せます。
上の表は、読む時間をどちらに使うかの目安になります。遅い側に在る分野では、 10 年前の研究がいまも周囲で引かれており、それを限定したり拡張したりした論文は何年も離れて出ています。ゆえに、丁寧に 1 巡する価値があるのは前向きのほうです。速い側に在る分野では、後ろ向きの調査は早く終わります。訂正が書かれているのは前向きの論文のほうです。
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参考文献
- Clarivate. A Closer Look at Cited and Citing Half-Lives. 11 May 2017. https://clarivate.com/academia-government/blog/a-closer-look-at-cited-and-citing-half-lives/, (参照 2026-08-22).
- Larivière, V., Archambault, É., Gingras, Y. Long-term variations in the aging of scientific literature: From exponential growth to steady-state science (1900-2004). Journal of the American Society for Information Science and Technology, 2008, 59(2), p. 288-296. https://doi.org/10.1002/asi.20744
- 棚橋佳子「情報の寿命を表す指標:被引用半減期」『情報の科学と技術』第 70 巻第 1 号、2020 年、30–33 頁。https://doi.org/10.18919/jkg.70.1_30
